「ほっ」と。キャンペーン

TちゃんとMちゃん


by meitoku

霧島神宮の旧参道

 2月16日(木)は、霧島神宮の旧参道などを訪ねてみました。
幕末の1837年秋に、北海道の名付け親である松浦武四郎が都城市西岳の吉之元町折田代から霧島登山のため途中参拝した霧島神宮までの足取りを探し歩いてみました。

 折田代は西岳の中心部である高野の町と鹿児島県境の荒襲集落の途中にある集落です。ここに明治に初めころの廃仏毀釈で今はありませんが「明観寺」というお寺がありました。(現在は個人の方が跡地を公園のように整備されていますが、新旧の石仏等が混在しているような状況になっています)下の写真が明観寺跡の今の様子です。
d0073901_05471043.jpg
 松浦は折田代の農家に一泊し、翌朝明観寺に参拝してから霧島へ向かっています。途中に周囲が1里ほどの大きな池があり、毒虫や大カエルなどが住む大きな池があると彼の日記にあるのですが事前に地図で探しても全く分からず、今回地元の70代とおぼしき人に尋ねたところ、随分前に埋め立てられて今はないとのこと。下の写真が国道沿いにある池の跡の一部です。謎が解けました。
d0073901_05463527.jpg
旧国道から少し入ったところに神宮への旧参道がありました。きれいに整備されており登ると本殿のすぐ横あたりに出ました。坂元竜馬とおりょうさんが新婚旅行で神宮参拝したときにも登った参道のはずです。
d0073901_05465307.jpg
旧参道の上り口付近には神宮の別当寺「華林寺」跡がありました。この寺も廃仏毀釈で廃寺となっており、跡地は写真のような杉林になっていました。当時は寺の周辺には多くの宿坊もあったそうです。また当時の高千穂登山の道は、このあたりを通り瀬田尾越え(今の高千穂河原)をして登って行ったようです。
d0073901_05461308.jpg
この日は、丸尾温泉の旅人山荘にお母さんと泊まりました。翌日はあいにくの雨で散策もできず、西岳高野の浄土真宗興正派の西興寺に立ち寄り、住職さんと1時間ほど話をして帰り昼からはパチンコでした。

[PR]
# by meitoku1947 | 2017-02-20 06:38 | 史跡めぐり | Comments(0)
 昨日2月14日は世にいうバレンタインデー。今年も大阪の孫娘二人から手作りのチョコレートがきれいな包装箱に入り手紙を添えて宅配便で贈られてきました。写真を撮った後にお母さんと1個づつ食べ、残りは冷蔵庫へ。今年のチョコは上品な苦みが感じられました。
MちゃんYちゃんありがとうね。3月、宮崎へ引っ越しの時は手伝いに行くからね。
d0073901_04310149.jpg
d0073901_04310853.jpg
d0073901_04312180.jpg

[PR]
# by meitoku1947 | 2017-02-15 04:40 | 祭り・イベント | Comments(0)

雪の霧島

 数日前から都城でもとても寒い日が続いています。霧島連山の高千の峰にもこの冬初めての冠雪が見られました。沖水川の堤防に立つと霧島おろしの冷たい風に身が震えます。
 一方では、避寒桜や梅の花が咲き始めています。我が家のしだれ梅は剪定が悪かったのか花はちらほらで貧弱です。
d0073901_07072284.jpg
d0073901_07073375.jpg
市の図書館の前庭の避寒桜も咲き始めました。
d0073901_07074757.jpg

[PR]
# by meitoku1947 | 2017-02-14 07:14 | 季節の風物詩 | Comments(0)
 祝吉地区公民館が老朽化のため現在の建物の横に建て替え計画があり、現在当該地で遺跡の発掘調査が行われています。先般、公民館館長たちのみを対象に現地説明会があったようで、その際の資料があればいただきたいと発掘担当者に電話したところ快諾してもらい、昨日現場でもらいました。その上、作業を中断して現場の説明もしてもらいました。

 発掘された遺構は鎌倉・室町時代のものが中心で、特徴的なものとしては井戸とその周辺にある小さな溝、数十mが出ていました。農業用水施設かもとの説明がありましたが、近くに建物の柱穴があることから家庭用雑排水の素掘りの排水路のようにも思えました。

 この地区一帯では鎌倉時代の遺跡が多くみられるようです。近くの郡元稲荷神社も鎌倉時代に島津本家初代忠久の創建と伝わることから、当時はこのあたりに結構人が住んでいたのかもしれません。

発掘現場です。写真手前の穴が井戸。右側の掘られた土手に沿って溝があったようです。建物は井戸の左側に。
d0073901_06345538.jpg
井戸の深さは2m程。水が湧き出ていました。
d0073901_06351307.jpg


[PR]
# by meitoku1947 | 2017-02-09 07:01 | その他 | Comments(0)

大根干し

 先日は畑からとってきた大根を千切りにしたり薄く切ったりして干し大根を作ってみました。
畑からとってきた形の悪い大根を使います。
d0073901_06532415.jpg
大根を二つに割るとみずみずしさがあります。
d0073901_06533349.jpg
千切りはこの道具を使います。
d0073901_06534610.jpg
天日に干します。天気が良ければ1週間ほどで完成すると思います。
d0073901_06535711.jpg
d0073901_04590245.jpg

[PR]
# by meitoku1947 | 2017-02-06 05:05 | 季節の風物詩 | Comments(0)

節分

 昨夜は節分。子供たちが巣立って二人だけになっても、今年も我が家では家の窓すべてを開けて豆(殻付き落花生)を「鬼は外、福は内」の声とともに撒きました。たまたま、Mちゃんのパパ(息子)が仕事で帰ってきて我が家にいたのですが、幼い時のようには関心を示しませんでした。
d0073901_06522341.jpg
夕方、山田温泉の帰りに大型スーパーに立ち寄ったところ、お店の人が子供たちに豆まき(お菓子など)を始めました。
d0073901_06525597.jpg
拾ったお菓子をチェックする子供。
d0073901_06523733.jpg
大人にはいろんな商品がプレゼント。自分たちはサラダオイルやうどんなどの入った袋をもらいました。袋の中に当たり券があれば何か賞品が貰えたようです。
d0073901_06530618.jpg

[PR]
# by meitoku1947 | 2017-02-04 07:07 | 祭り・イベント | Comments(0)

出水市の史跡巡り

 1月29日(日)は、所属する某団体の出水市史跡巡りのガイドをTさんと二人でやりました。参加者はわれらを含めて48名。大型バス1台を貸し切りました。朝8時に山之口支所を出発、さつま町の歴史資料館を見学し紫尾山を越えて野田郷へ。野田郷の武家屋敷通りを車窓から眺め、感応禅寺へ。お寺では住職の話と島津家初代から5代までの墓に参り、近くの木牟礼城跡へ。木牟礼城は島津家初代の居城跡と言われますが・・・。その後特攻記念公園を見て昼食。昼食後に出水の武家屋敷の中の大河ドラマ「篤姫」のロケ地となった竹添邸のほか税所邸の2軒を現地のガイドさんの説明で見学。その後道の駅に立ち寄った後に薩摩三大関所といわれたうちの一つ「野間の関」を見て山之口に帰ったのは夕方6時過ぎ。
 ツルの飛来地にも立ち寄りたかったのですが、鳥インフルが気になり今回はパス。それでも田んぼの中でエサを探す5,6羽のツルがみられました。バスの中ではクイズなどで少しは盛り上がりました。アンケートを見る限りは参加者に喜んでもらえたようです。

このバスで参加者48名で旅してきました。
d0073901_16404604.jpg
感応禅寺では住職さんの話も聞きました。
d0073901_16423198.jpg
木牟礼城跡はがっかりするような小さな丘しか残っていません。
d0073901_16412047.jpg
昼食の様子です。
d0073901_16405592.jpg
武家屋敷ではユニークな説明をうけました。面白かった。
d0073901_16410883.jpg

[PR]
# by meitoku1947 | 2017-02-01 17:04 | 史跡めぐり | Comments(0)
 1月22日(日)都城市の文化ホールで「都城ワールドフェスタ」なるイベントが開催されていました。ほんのちょっとだけ覗いてみました。

 インドの宗教「ジャイナ教」に関する現地で撮影された写真などを展示したコーナーがありました。ジャイナ教?。なんでも今の仏教が生まれた昔と同じころに生まれた宗教だそうで、戒律はいかなる殺傷もしてはならないという厳しいものだそうです。説明している頭を丸めた方は、ジャイナ教の信者ではなくてジャイナ教の研究者の教授の方で何度もインドに行かれているそう。日本にもわずかながら信者もいるとのこと。
d0073901_10104798.jpg
ホールでは国際親善のイベントが行われていました。都城にもそれなりの外国人が住んでいるようです。
d0073901_10105799.jpg
d0073901_10110669.jpg

[PR]
# by meitoku1947 | 2017-01-30 10:21 | 祭り・イベント | Comments(0)
 1月20日は宮崎のビジネスに1泊。翌朝、H子さんも一緒に生目神社に参拝に行きました。これで3社目です。
d0073901_14475662.jpg
前日、宮崎へ向かう途中の田野の畑の中の大根干しの毎年の風景です。ここ数日は厳しい寒風が続き大根干しにはもってこいの条件のようです。
d0073901_14472519.jpg
d0073901_14473649.jpg


[PR]
# by meitoku1947 | 2017-01-22 14:54 | 時々の話題 | Comments(2)

高山彦九郎の碑

先日(16日)、神柱神社へ遅ればせながらの初詣に行ってきました。(まだ2社目です)。
参拝後に本殿右手の木立の中に立つ「高山彦九郎」の碑を見てきました。(かって都城をお訪れた歴史上の著名人を調べている一環です)。

高山彦九郎は、1744年に群馬県太田市の郷士の生まれ。尊王思想家として西郷など明治維新を成し遂げた人たちに多大の影響を与えたといわれ、林子平(経済学者)、蒲生君平(儒学者・海防論者)とともに寛政の3奇人と言われているそうです。ここでの奇人とは「奇人」「変人」と茶化されるような意味はなく「大変優れた人」という意味とのこと。

彼が鹿児島を経て都城を訪れたのは1792年(寛政4)6月で46歳の時です。泉川(今の年見川)べりで地元の坂元という漢学者と酒を酌み交わしながら歓談したそうです。その時詠んだ歌が「泉川酌見てもつきぬ杯のめぐりてはまた逢わんとぞおもう」と書かれた案内板が神柱公園の年見川べりに立てられています。この後、牛の峠を越えて飫肥へ向かいます。
翌年の6月には久留米の知人宅で自刃し、歌のようにまた会うことはありませんでした。彼の死後74年後に大政奉還が行われています。

神柱神社境内の高山彦九郎の石碑
d0073901_08263012.jpg
神柱公園、年見川沿いに立つ案内板
d0073901_08262218.jpg
神柱境内には島津の荘園を開いた「平季元」の記念碑も。
d0073901_08264184.jpg

[PR]
# by meitoku1947 | 2017-01-17 09:28 | 史跡めぐり | Comments(0)