TちゃんとMちゃん


by meitoku
神話伝承のある南之郷は曽於市末吉町、大淀川上流部にあたる山間部にあります。末吉の中心部から車で約15分ほど、都城からは20分というところでしょうか。この地に人間が生まれる前の神代の時代の伝承地の話が伝わっています。イザナギノミコトが黄泉の国から逃げ帰り禊祓いをしたという「中津瀬」、その禊祓いをした聖地として建てられた「檍神社」などいくつもの伝承地があります。
7月17日の海の日の休日、曽於市の「そおし発掘・盛り上げ隊」が事実上主催する「神話の郷バスツアー2017」に参加してきました。ガイドは郷土愛に燃える地元南之郷の男性。実はこの地は史跡巡りをする中で、一人バイクで何度か訪れているのですが何か新しい発見があるかもと参加してみました。
 大淀川の上流地の南之郷と河口の宮崎市に全く同じ地名があり、同じ神話の伝承地があるのは面白いことです。
南之郷の伝承は、幕末に島津斉彬が命じて編纂された「三国名勝図絵」の中に名の通り絵入りで紹介されています。その中では神話伝承の地は、延岡や宮崎などにも伝わるとあります。神話伝説の地がどこかというのは早く言い出したもの勝ち。そこに石碑を建て社を建てれば万全かも。幕末には高山彦九郎もわざわざ南之郷のこの地にやってきています。
 江戸時代の南之郷は島津本家の直轄地の一つである末吉郷に属し、地頭館は末吉の町中にありました。そこに勤める武士の中に知恵者がいて、山間の地の南之郷の領民に対しこの地は由緒正しき地なのだ、誇りをもって仕事に励めと叱咤激励するために創作したのでは。今の地域振興策の一つだったのかもと妄想をめぐらしています。

檍神社
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民家レストランで昼食
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# by meitoku1947 | 2017-07-21 05:28 | 史跡めぐり | Comments(0)

今朝の収穫

 昨日の朝(7/18)我が家の前の畑だけからの収穫です。(ほかの2か所の畑からのは含みません)。なすび、キュウリ、沖縄キュウリ、おくら、ピーマン、ミニトマト、にがごり、ししとうでこの頃は毎朝写真くらいの収穫があります。勿論我が家だけでは食べきれません。都城に帰郷した初めの頃は近所にも差し上げていたのですが、お返しをされる方もいて迷惑かなと思い今ではほとんど差し上げることはありません。その代わり家の前で近くのスーパーの値段の半額以下で売ることにしています。近所の人や通りすがりのお客さんと話すのも楽しみです。自分が作った野菜にお金を出して買ってもらえるのは認められたようでうれしいものです。おとといの夕方は時々見えるお客さんがなすびをくださいと見えたのですがすでに売り切れ。畑から少し小さめでしたが3本とってお金はいいですよと渡したのですが…100円置いて行かれました。
   
                     昨日の朝の収穫です。
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一盛り100円です。
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手作りのお店。隣のMさんも自分で作った野菜や花を出しています。野菜の量は我が家の倍ほどあります。
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# by meitoku1947 | 2017-07-19 08:14 | 季節の草花・野菜などなど | Comments(0)

乙戸神社の六月灯

 毎年7月18日は乙戸神社の六月灯です。金魚すくいや綿菓子などの露店が立ち並び、子供の頃は夏休み前の最大のイベントでとても楽しみにしていました。
 この日は夕方に必ずと言っていいほど小雨模様になるのですが、今年もそうでした。H子さんと車で参拝に行き稲の豊作を祈願すると、昔のように露店のを除くこともなくさっと引き上げてきました。

六月灯のいわれについては、薩摩叢書の中の盛香集に「六月堂起之事」とあり、島津本家第19代光久(元禄時代)が鹿児島の城山にあった上山寺観音堂を立派に修復し、618日の夜灯籠を寄進し、盛大に供養したことから始まったとの説。もう一つの説は、江戸末期に書かれた「三国名勝図会」の中の鹿児島浄光寺の項に、618日は島津家初代忠久公の命日のため、像の前で供養があって六月灯が行われるとするもの。カライモ風土記 都城市史では、六月灯の夜は士族の家では静かに過ごすものだったといいいます。(初代島津忠久の命日だから)鹿児島県謎解き散歩)高城町史では、昔子供が死んだ時、寺で供養をしたのが起源で、寺から神社の祭りとなり、元禄のころから島津藩各地で行うようになったといいます。高城町史

都城の六月灯の数は、107か所。7月から8月の約1か月間。72日の秋葉神社(都城市平江町)を皮切りに730兼喜神社(都島町)で終わります。下郡元史

社殿では神事が行われていました。
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境内には夜店が立ち並んでいます。
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# by meitoku1947 | 2017-07-19 07:07 | 祭り・イベント | Comments(0)

河童の手と足

河童の手と足
 都城地方ではかっぱのことを「がぐれ」とか「がらっぱ」といいます。その河童の手と足が都城島津邸の博物館「伝承館」に展示されています。フラッシュをたかなければ写真もOKということで写したのが下の写真です。展示された写真の横にいわれが書いてありますが、それによると江戸時代に大淀川に注ぐ沖水川の上流の長田というところで一人の侍が岩の上に河童を見つけ鉄砲で撃ち殺したところ、祟りがあり知人の紹介で祈祷師に祈祷をしてもらい完治したお礼に手と足を1本づつ知人に贈ったのが都城島津家へわたり今に至っているというようなことのようです、本当かなと疑う人もいるようですが、百数十年以上も河童の手足として言い伝えられているのは事実のようです。

河童の手
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河童の足
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# by meitoku1947 | 2017-07-13 11:45 | 驚きのニュース | Comments(2)

田んぼの様子

 我が家の田んぼの田植えが終わってから2週間目の田んぼの様子です。植え始めのころとそうたいした変わりはありません。
田植えがすんで数日後には田んぼの中を裸足で4,5列置きに往復します。田植え機械の植え残しやジャンボタニシに喰われた早苗を補植するためです。同時にジャンボタニシを捕まえ、頼んぼの中の草も除去していきます。除草剤や殺虫役を撒けば簡単なのですが。
 田植えがすんでからは、毎朝、毎夕水の管理に行きます。同時にジャンボタニシを畔から小さな網で捕まえます。朝夕にキャベツやノウゼンカズラの花を田に撒いておくのですが、これにジャンボタニシが食いついてきます。これを網ですくって踏みつぶします。

田植え後2週間目の田んぼ。
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カラスもジャンボタニシの駆除の手伝いにやってきます。
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# by meitoku1947 | 2017-06-29 11:31 | 季節の草花・野菜などなど | Comments(0)

野菜の収穫

畑の夏野菜が収穫できるようになりました。家の前の小菜園には、ゴーヤ、沖縄キュウリ、地ばいキュウリ、なすび。ピーマン、大玉トマト、中玉トマト、ミニトマト、細ネギ、つるむらさき、岡わかめなど所狭しと植えこんでいます。キュウリやなすびが一斉になり始めました。
昨日の朝の収穫です。
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食べきれない野菜は道端の棚に並べて販売。値段はスーパーの半額ほどで。
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グラジオラスの花は隣のMさんが畑で栽培しているもの。1本50円。Mさんは多くの野菜もここに出しています。
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# by meitoku1947 | 2017-06-21 04:18 | 季節の草花・野菜などなど | Comments(0)

年金朝市

二つ月に一回の年金支給日に、山之口商工会がJR山之口駅前広場で「年金朝市」を開催しています。6月は15日の木曜日に開催。H子さんが出店してみたいというので神柱公園でのフリマに出す品物の一部を軽トラに積んで出かけました。出店数は20ほどで食品が大半のよう。来場者も年金朝市の名のとおり年金受給者の方が多いのは当然。

朝市の風景
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都城のゆるキャラぼんち君も
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ひょっとこ踊りも
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# by meitoku1947 | 2017-06-21 04:02 | 祭り・イベント | Comments(0)
 今年の梅雨はカラ梅雨かと思われるほど雨が降らなかったのですが、昨日は一日中の雨で梅雨らしくなってきました。庭先にはアジサイの花とノウゼンカズラの花が今年も咲いています。

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ノウゼンカズラの花。「ようぜんかつら」と間違って覚えていました。この花は田んぼのジャンボタニシの好物です。落ちた花をかき集め、田んぼに撒き散らします。
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# by meitoku1947 | 2017-06-21 03:32 | 季節の草花・野菜などなど | Comments(0)

今日は田植え

 今日は田植えをしてもらいました。昨年までは毎年6月10日に田植えでしたが、今年は雨が少なく水が不足したせいもあって少し遅れて今日になりました。昨日の夕方に苗を田んぼに運び、苗の消毒薬を撒いて準備をして置き、今朝の9時から6条植えの田植え機械で2反歩を1時間で。昔の田植え綱をを引いてのみんなで横一列に並んでの田植えを知る身には驚異的な早業。苗を田植え機械に設置する小どりをするだけの手伝い。まあ、それでも田んぼの四隅は機械植えは出来ず自分で手植え。このときにのみ昔の田植えを実感。田植えは終わってこれからはジャンボタニシとの格闘が始まります。早苗を食われないようにキャベツの葉を小さく刻んで田んぼの中へ。タニシがキャベツの葉を食べている間に、早苗を大きくしてしまおうといういつもの作戦。それでも多くの早苗がタニシに食われてしまい、補植を何回となく繰り返すことになります。正直気がめいります。タニシ退治の椿の搾りかすを田に撒けば一発なのですが、無農薬、化学肥料も有機肥料も使わない微生物利用の栽培のため、この微生物まで殺してしまうため使えません。さて10月10日が例年の稲刈り。明日から早朝と夕方の田んぼの見回りが日課となります。田んぼの近くのパチンコ屋さんへ行くのもここ半年の日課です。合間に見に行くことになりそうです。

この田植え機械1台で2反歩(20a)を1時間ほどで終わらせてしまいます。

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田植えの終わった田んぼ。ジャンボタニシが動き回るのを抑えるため水は表面ぎりぎりのところで押さえています。
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# by meitoku1947 | 2017-06-13 19:31 | 季節の風物詩 | Comments(2)

えびの市飯野を歩く

 先日梅雨に入ったというものの、昨日(6/9)は天気もいいので午前9時ころにバイクで家を出てえびの市飯野に向かいました。目的は、先般垂水を訪ねた時と同じ、戦国時代の都城に伝わる悲恋物語のヒロインの「小少将」の生まれた地を訪ねるため。小少将の供養碑というか石碑が、飯野のA家の敷地に建てられています。平成21年発行のえびの市広報4月号によると、A家では先祖代々「小少将様」と称する墓石があり「コジュソ様」と言われていたという。代々大事に取り扱うようにと戒められ、400年目に当たる昭和48年に霊を慰めるため「小少将碑」を建立したそうです。A家を訪ね当てていくと広い敷地の一角に写真のような石碑が建てられていました。小少将のの文字がかすかに読み取れます。たまたま庭におられた家人に快く話をしていただき、息子さんは小少将の墓のある財部の七村での小少将祭りには今でも参加されているとのこと。
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飯野をぶらぶらするといろんなところにいろんな出会いがありました。
途中で出合った田の神様と田の神様に見守られながら田植えの風景も。
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クルソン峡の渓流と滝と山の神様
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今城跡に建つ記念碑と五輪塔。戦国時代当地の大河平一族(島津義弘側)の守る城を都於郡の伊東氏が攻め100名ほどの城へ城主以下全員が討ち死にし落城。当地の私領主であった大河平氏の名は、明治の西南戦争の際の大河平騒動としても出てくる。またクルソン峡にあったフランス人経営の製材所での雇用人の暴動は宮崎県内初の労働争議?とも言われるが、遠因はこの大河平騒動にも。
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吉都線上江駅。懐かしい風景。
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大河平地区に架かる農道の大橋。大河平大橋。通る車はほとんどなし。
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# by meitoku1947 | 2017-06-10 08:53 | 史跡めぐり | Comments(2)